鉄道軌道に関する研究

研究概要

 本研究では,営業車両に搭載された検測装置によって取得された軌道の通り変位波形を用い,軌道の力学状態を推定する手法について,基礎理論の構築を目指す.具体的には,2回の測定波形の差分から,その原因となるレール軸力と,道床横剛性とを推定する手法を構成する.数値軌道モデルを用いて,測定ノイズや,軌道に関する非線形特性,日射による軸力変動などが測定精度に及ぼす影響について調べる.

 鉄道軌道のロングレール化は,乗り心地の改善や,振動・騒音の低減,保守作業の省力化などに有効となるなど,多くの利点を有するため,広く導入が進められている.しかしロングレールは,長い区間にわたり縦方向にまくらぎ拘束されることで著大な温度軸力が作用するため,座屈やレール破断の危険性を有している.そのため,レール軸力や,座屈強度の支配要因である道床横抵抗力などの適切な把握と管理が望まれる.
 現在,軸力はレール温度と伸縮量などから間接的に測定されている[1].また,道床横抵抗力はまくらぎに荷重を加え,その変位量を計測することで評価している.そのいずれの方法も特定箇所での測定となるため,軌道全区間にわたり頻繁に状態を把握することは,膨大な時間と労力とを要し現実的ではない.
 一方で,軌道の通り変位については,営業列車が軌道上を走行する際に得られた加速度から10m弦正矢データを取得することにより,比較的良好な精度で高頻度・高密度に測定することが可能となっている[2].
 なおレール変位は,レール軸力と道床横抵抗力とを外力として規定される.そのため,軌道変位が詳細にわかれば,これに基づいてレール軸力と道床横抵抗力とが推定可能であると考えられる.そこで本研究では,営業列車に搭載された検測装置によって日常的に測定される通り変位データから,レール軸力と道床横抵抗力といった力学状態を常時モニタリングするための手法について基礎的検討を行う.具体的には,まずレール軸力を推定するための理論を構築する.次に,数値モデルにより軌道力学状態を再現し,その変位を擬似測定データとして用いて数値実験を行い,測定ノイズが推定精度に及ぼす影響とその対処法について検討する.さらに,道床横抵抗力の推定法を導出し,提案法の適用可能性について議論する.
 本推定法の基本となる数理モデルと実際の軌道とには種々の相違点が存在する.例えば,理論モデルでは道床横抵抗力を一様な連続分布の線形バネにより表現している.一方,実際のレールはまくらぎを介して離散的に拘束されており,そこに作用する道床からの抵抗力は場所毎にバラツキを持ち,さらに力学特性には強い非線形が存在する.また,レール軸力は設定時からの長期に亘る温度履歴を受けており,前述の非弾性的性質を有する道床からの作用力や通り変位も,軸力の変動過程で増減を繰り返し現時刻の状態に至っている.そのため,本推定法導出の際に用いた軌道の数理モデルと,これら実軌道に存在する諸条件との乖離が,推定結果に及ぼす影響の有無を吟味することには意義がある.
 そこで,上述の軌道状態を考慮した,実軌道により近い数値モデルを用いて通り変位の擬似測定データを作成し,それを対象に本推定法を適用して得られたレール軸力や道床横剛性の推定値に,軌道条件が及ぼす影響について調べる.

参考文献

[1] 高井秀之 : 保線の常識!非常識? その31:レールの軸力は測れない?,新線路,60.11, 36, 2006.
[2] 葛西亮平,元好 茂,小西俊之 : モニタリングデータを活用した施工前後における軌道状態の分析,鉄道工学シンポジウム論文集,第21号,17-24, 2017.

研究報告

走行列車から軌道の力学状態を推定する手法の理論的検討

Ⅰ. レール軸力推定法の原理と基礎的検討

  1. 概要
  2. レール軸力推定法の原理
  3. 数値モデルによる検証
  4. 粒子フィルタ[2]に基づく推定法
  5. 道床横抵抗力分布の推定
  6. まとめ

Ⅱ. 軌道状態がレール軸力推定に及ぼす影響

  1. 概要
  2. 実軌道を模擬した数値モデル
  3. 軌道状態が推定結果に及ぼす影響
  4. レールの温度履歴が推定結果に及ぼす影響
  5. まとめ

 本研究では,レール軸力と,その結果として発生するレールの横たわみとの因果関係を利用した軌道力学状態推定法について検討した.具体的には,2つの異なる軸力下で得たレールたわみ測定値の波数成分から求めたスペクトル比より,レール軸力と道床横剛性とを係数に持つ4次関数を導出した.原理的には,当該多項式の係数を測定データより推定することで,レール軸力と道床横剛性とを求めることが可能である.
 ただし,測定データにはノイズが含まれているため,その適切な対処が不可欠となる.そこで本研究では粒子フィルタの援用による推定を試みた.これにより,猛暑日に発生し得る著大軸力であれば,比較的良好な精度で推定が可能性との結論を得ることができた.なお,本推定法で導出した波数スペクトル比の4次関数では,測定ノイズが分母と分子に含まれているため,その影響の評価と適切な処理過程の構成が困難である.今後は,ノイズ項が分離された,より確率統計的手法の適用が容易な定式化について,さらに検討する必要がある.

謝辞

本研究は科研費(17K06529)の助成を受けたものである.ここに記して謝意を表する.