鉄道軌道に関する研究

Ⅱ. 軌道状態がレール軸力推定に及ぼす影響

概要

 これまでに,営業車両に搭載した検測装置により高頻度・高密度に測定して得られた通り変位データを活用した軌道力学状態推定法の基本原理の導出と,その適用可能性について,基礎的検討を行った.その際に,軸力を受ける軌道系を連続支持ばりに基づく線形モデルで表現した.しかし,実際の軌道はまくらぎにより離散支持されており,さらにまくらぎに作用する道床横抵抗力が強い非線形性を有するなど,上述の簡易なモデルとは異なる特性を有している.
 そこで,軌道力学状態推定法導出の際に用いた軌道変位理論モデルと,実軌道における諸条件との差異が,推定精度に及ぼす影響について検討する.具体的には,道床横抵抗力の非線形性や,その空間変動,レール軸力の変動履歴など,実軌道が有する主要な条件を検討対象とした.数値実験により得られた疑似測定データに対して本推定法を適用して,上述の軌道状態がレール軸力や道床横剛性の推定結果に及ぼす影響について調べる.

1. 実軌道を模擬した数値モデル

 本推定法の適用可能性を検討するためには,本来,実際の軌道で得た通り変位データと,それに対応するレール軸力を対象に,その推定精度を評価するのが最も直接的且つ適切な方法である.しかし,軌道通り変位と,それに同期したレール軸力とが同時に取得された事例は無い.また,同時測定されたとしても,Ⅰ. に述べたとおり,10m弦正矢データでは通り変位の短波長成分が破棄されているため,本軸力推定に直接適用することはできない.そこで,実軌道の力学特性を模擬した精巧な数値軌道モデルに基づくシミュレーション結果より擬似測定データを作成し,当該データに本推定法を適用して,その精度を検討する.

1.1 軌道のモデル化

 ロングレール軌道を有限長モデルで近似する.軌道中央区間において,左右打ち切り端からの影響が十分小さくなるように,軌道長は120mに設定した.理論モデルにおいてレールの横たわみはEulerばり近似を用いているが,この場合せん断たわみが無視されることとなる.その影響を確認するため,数値モデルではレールを要素長0.3mのTimoshenkoはり要素により離散化し,その両端を固定点で与えた.式Ⅰ.(5)の様に,軌道通り変位は左右レールのそれを合算したものについてのつり合い式で記述できるので,ここでは左右レールの通り変位和 wLR を変数として,離散化を行う.軌道の初期通り変位は,式Ⅰ.(19)の距離相関を有し,期待値ゼロ,標準偏差σのGauss分布により設定する.レールはまくらぎで離散支持されているものとし,その間隔を0.6mとした.一般にレール・まくらぎ間の締結剛性は道床横剛性に比べ高いため,締結部は剛結されているものとした.まくらぎ拘束部に作用する道床横抵抗力は,図 1 に示す様にまくらぎ位置に設定した非線形バネにより表現した.なお,その非線形特性については1.2で述べる.

図1 離散支持軌道のモデル化

図1 離散支持軌道のモデル化

1.2 道床横抵抗力のモデル化

 各まくらぎ位置に作用する道床横抵抗力 fT の骨格曲線は次式(1)により与える[1].

(1)

ここで,f0はまくらぎ1本当りの最終道床横抵抗力,afT = f0/2となる時のまくらぎ変位である.
 日夜の温度増減により,レール通り変位は脈動するため,それに伴う道床横抵抗力の変動履歴を再現する必要がある.そこで,道床横抵抗力の載・除荷過程を図2に示す様な履歴曲線により与えた.除荷時は初期剛性 f0/aの下 fT = 0まで線形的に作用力を低下させ,その後は式(1)と同様の曲線に沿って逆方向に抵抗力を作用させるものとした.

図2 道床横抵抗力のモデル化

図2 道床横抵抗力のモデル化

 また,実際の軌道の道床横剛性にはばらつきが存在する.そこで,軌道モデルの道床横剛性に空間変動を与える場合は,最終道床横抵抗力 f0 を次式に示す一定振幅・一定波長のsin波形により設定した.

(2)

ここで,f0は解析における最終道床横抵抗力の平均値,δ は変動振幅,λ は波長である.

2. 軌道状態が推定結果に及ぼす影響

2.1 解析条件

 軌道状態が本推定法に及ぼす影響を検討するために,数値軌道モデルを表1の条件下で3ケース設定した.

表1 解析条件

条件 道床横抵抗力 道床横剛性の空間変動
Case1 線形 一様
Case2 線形 変動(δ=0.5, λ=9m)
Case3 非線形 一様

 以下の検討では,50kgNレールを想定し,初期通り変位の標準偏差は1cm,相関長は1mとした.最終道床横抵抗力は f0=1.2kN,a=1mmとした.この値は,分布バネの単位長さ当り道床横剛性 に換算すると,2MN/m2に相当する.また,検測装置による通り変位測定時のノイズは,標準偏差0.5mm[2]のガウスノイズとして設定した.
 波数k≤1 (1/m)の範囲では式Ⅰ.(9)右辺のスペクトル比がノイズに鋭敏なため,推定には1≤k≤2(1/m)の波数範囲を用いるものとする.また,以下の解析において,軸力はN1=100kN,N2=200kNに設定した.

2.2 レールおよびまくらぎ拘束のモデル化の影響(Case1)

図3 スペクトル比(Case1)

図3 スペクトル比(Case1)

 離散まくらぎに作用する道床横抵抗力を,空間変動の無い一様な剛性f0/aを有する線形バネで与えた場合(Case1)のスペクトル比を図3に示す.解析結果にはノイズの影響による変動成分が含まれているものの,理論曲線との良好な対応関係が認められる.このことより,理論モデルにおけるレールのEulerばり近似や,連続まくらぎ支持近似の影響は無視し得ることが分かる.

2.3 道床横抵抗力の空間変動の影響(Case2)

 Case2における結果を図4に示す.なお,図4は式(2)における変動振幅がδ=0.5,波長がλ=9mに対する結果を示したものであるが,δを0.1~0.5,λを3~15(m)の範囲でそれぞれ値を変えて計算を行ったところ,何れの条件においてもスペクトル比に有意な差異は認められず,道床横抵抗力の空間変動が影響しないことを確認した.

図4 スペクトル比(Case2)

図4 スペクトル比(Case2)

2.4 道床横抵抗力の非線形性の影響(Case3)

図5 スペクトル比(Case3)

図5 スペクトル比(Case3)

 道床横抵抗力に式(1)の非線形性を考慮した場合の結果を図5に示す.図より,数値モデルより得た擬似測定データのスペクトル比は,式I.(9)右辺で与えられる4次曲線(図中の赤線)に比べ全体に小さいことが分かる.ちなみに,道床横剛性は式I.(9)右辺の定数項(曲線の切片)に比例する.そのため,レール軸力に起因する弾性たわみの増加に伴い,道床横抵抗力の接線剛性は次第に低下し,それに連動して曲線の切片が低下したものと考えられる.
 なお,図5には理論4次曲線を,カーブフィッティングにより下方へ平行移動させたものを赤色の一点鎖線で示した.当該曲線と擬似測定データのスペクトル比とには良好な一致が認められており,道床横抵抗力の非線形性はスペクトル比における2次と4次の項には影響しないことが分かる.このことより,道床横剛性は低めに評価されるものの,軸力推定は当該の非線形性の影響を受けないものと考えられる.

2.5 粒子フィルタによる推定

 Case1~Case3の各軌道条件を対象に,粒子フィルタによる軸力推定を行った.その際に,以上の解析と同じく,2つの軸力をN1=100kN,N2=200kNと設定した.粒子フィルタにおける粒子を50000個生成し,各粒子が有する軸力を次式により与えた.

(3)

ここで,Nは設定軸力,Nmaxは軸力推定範囲の上限,rは[0,1]の区間における一様乱数である.一方,各粒子が有する道床横剛性は,kT=1.5~3.5(MN/m2)の範囲内で一様乱数により設定した.
 以上の設定の下,粒子フィルタによる推定を5回実施して,その平均値をもって最終推定値とした.各ケースにおける推定結果をそれぞれ図6~図8に示す.なお,図は軸力推定範囲Nmax(横軸)と推定軸力N1, N2(縦軸)との関係を示したものである.また,図9にCase3における相対軸力ΔN=N2-N1の推定結果を示す.
 図6~図8のいずれにおいても,軸力の探索範囲Nmaxの増加と共に推定軸力N1, N2も増加する傾向が認められる.また,設定した軸力推定範囲[0, Nmax]において,平均軸力(N+N2)/2が概ね中央値(Nmax/2)を示している.これは,粒子フィルタによる推定において,絶対軸力の推定精度(感度)が必ずしも十分に確保されておらず,事後確率分布が明確なピークを有していないことによるものと考えられる.一方,図9に示す様に,相対軸力ΔNに関しては,正解値より50kN程度一様に大き目ではあるものの,Nmaxによらず概ね一定値を与えており,比較的良好な推定結果が得られている.このことより,文献I.での検討結果と同様に,絶対軸力の推定にはさらなる工夫を要するが,相対軸力ΔN=N2-N1はある程度推定可能であることが確認できる.また,推定結果には軌道モデルの違いによる明確な影響は認められず,本推定法における軌道通り変位の定式化で採用した簡易な理論モデルによって,レール軸力と通り変位との関係を適切に表現し得ることがわかる.なお,他の軸力の組み合わせに対しても推定を行ったところ,同様の傾向が得られた.

図6 軸力推定結果(Case1)

図6 軸力推定結果(Case1)

図7 軸力推定結果(Case2)

図7 軸力推定結果(Case2)

図8 軸力推定結果(Case3)

図8 軸力推定結果(Case3)

図9 相対軸力の推定結果(Case3)

図9 相対軸力の推定結果(Case3)

 Case3における道床横剛性の推定結果を図10に示す.なお,道床横剛性は分布バネの単位長さ当り剛性kTに換算した値となっている.図5に示した様に,道床横抵抗力の非線形性によりスペクトル比が全体に低下する傾向にあるため,その切片の値から求められる道床横剛性は低目に評価されるものと考えられた.図10に示した推定値は,総じて低目の値を示してはいるものの,正解値との差は最大でも15%程度であり比較的小さい.スペクトル比の切片は,式I.(9)右辺の定数項kT/ΔNで与えられるため,図5の様にその値が幾分小さ目であっても,図9における相対軸力ΔNの推定値が大き目となっているため,これらの影響が相殺され,道床横抵抗力における非線形性の有無によらず,結果的に剛性の推定値が概ね正解値を与えたものと考えられる.

図10 道床横剛性の推定結果(Case3)

図10 道床横剛性の推定結果(Case3)

3. レールの温度履歴が推定結果に及ぼす影響

 昼夜のレール温度変化に伴う軸力の変動履歴を考慮した解析により通り変位の擬似測定データを作成して,未知量推定を行った.具体的には,気温と日射による輻射熱とを考慮した以下に示すレール温度解析を行い,得られたレール温度から次式によりレール軸力を設定した.

(4)

ここでEAはレールの伸び剛性,αは線膨張係数,ΔTはレール設定時からの相対温度である.式(4)より各時刻におけるレール軸力を得たら,前述の軌道通り変位解析を実施して,擬似測定データを作成する.

3.1 レール温度履歴の解析条件

 以下の解析では,夏季におけるレール圧縮軸力の推定を対象とする.レール圧縮軸力が大きくなる日中での推定を想定し,2回の測定時刻の内,2回目の時刻をレール温度が高くなる13時に設定した.その下で,1回目の測定時刻を,表2に示す様に同日8時,9時および10時の3ケースとして,2回の測定間における軸力等の差が推定結果に及ぼす影響について調べた.表2においてt1, t2はそれぞれ1回目と2回目の通り変位測定時刻である.なお,レールの設定日時は8月1日午前1時とした.また,日射によるレール温度の変化は,文献[3]の解析手法に基づき求めた.
 レール温度解析に当たり,レールは東西方向に敷設されており,日の出から日没までの間は常にレールに日光が当たるものとする.気温は新潟市における気象観測データより設定した.日射によるレール温度解析におけるパラメータは,文献[3]と同じに与えた.なお,レール温度解析における時間増分は1時間とし,レールの線膨張係数αは12×10-6 (1/K)とした.

表2 軸力推定時刻

条件 t1 t2
Case A 8月15日8時 8月15日13時
Case B 8月15日9時 8月15日13時
Case C 8月15日10時 8月15日13時

 レール設定から8月15日13時までにおけるレール軸力の変動履歴を図11に示す.日中はレール軸力が400kN程度まで上昇し,夜間には設定時とほぼ同じ値(0N)に戻っている.

図11 レール軸力の変動履歴

図11 レール軸力の変動履歴

 図11のレール軸力変動の下に行った軌道通り変位解析の結果を図12に示す.図12は長さ120mの軌道モデルの中央節点における左右レールの通り変位を合算した値(通り変位和)の変動を示したものである.なお,軌道の数値モデルには,2.で検討した道床横抵抗力の空間変動と非線形性の両方を考慮している.ここに図示した軌道中央節点位置における初期通り変位和はほぼゼロとなっているが,時間の経過に伴い次第に1cm近くにまで増大し,レール設定から約10日(240時間)で概ね定常状態に至っている様子が窺える.また,一日の中で5mm程度の変位増減が発生していることが確認できる.

図12 レール通り変位和の変動履歴

図12 レール通り変位和の変動履歴

3.2 解析結果

 表2の3ケースにおける軸力推定結果を,それぞれ表3, 4, 5に示す.なお,5回の軸力推定の平均を最終推定値として表中に示している.
 2つの軸力の内,相対的に低い値を有するN1については,Case Cにおいて3ケース中最も大きな推定誤差(-140kN)を生じており,それが相対軸力ΔN=N2-N1の減少と共に増大する傾向が窺える.
 一方,2回目の測定時における軸力N2については,Case Aで推定誤差が最大値(48kN)となっており,相対軸力の増加が必ずしも推定精度の向上につながらないことがわかる.ただし,理由は明らかでないが,何れのケースにおいてもN2の推定誤差はN1のそれに比べて小さく,概ね良好な推定結果を与えている.
 なお,通り変位の変動が概ね定常状態に達する8月15日前後の他の日を対象に軸力推定を試みたところ,同様の傾向を示す結果が得られた.また,2. に示した単調軸力増加解析では絶対軸力の推定が困難であったが,より現実に近い変動履歴下では,軌道の張り出しの危険性が増す正午過ぎにおけるレール軸力の絶対値が,比較的良好な精度で推定可能であることが確認できた.

表3 軸力推定結果(Case A)

N1 N2
日時 8月15日8時 8月15日13時
正解軸力(N) 155865 378073
推定軸力(N) 107916 425992
推定誤差(N) -47949 47919

表4 軸力推定結果(Case B)

N1 N2
日時 8月15日8時 8月15日13時
正解軸力(N) 231843 378073
推定軸力(N) 170048 372090
推定誤差(N) -61795 -5983

表5 軸力推定結果(Case C)

N1 N2
日時 8月15日8時 8月15日13時
正解軸力(N) 302722 378073
推定軸力(N) 162316 358886
推定誤差(N) -140406 -19187

4. まとめ

 実軌道に近い数値モデルを用いて得られた通り変位擬似測定データを対象に,軸力推定結果に軌道条件が及ぼす影響について調べた.その結果,道床横抵抗力の空間変動や非線形性など,本推定法の定式過程で採用した簡易な数理モデルに反映されていない主要な軌道条件が,軸力推定にはほとんど影響を及ぼさないことがわかった.ただし,実測データに基づく推定の際には,ここで考慮した事項以外の影響も考えられ,さらなる検討が必要である.
 また,昼夜のレール温度変化に伴う軸力の変動履歴を再現した解析を実施し,現実の軌道により即した条件下における本推定法の適用可能性について検討した.なお,2回の通り変位測定の内,2回目をレール軸力が一日の中でほぼ最大となる13時に設定し,1回目の測定時刻(軸力)が推定精度に及ぼす影響について調べた.数値解析を通し,1回目の測定時刻によらず,張り出しの危険性が増す2回目の測定時におけるレール軸力の,比較的良好な精度での推定可能性を示唆する結果を得た.

参考文献

[1] 宮井 徹 :エネルギー法による軌道座屈の数値解析,鉄道技術研究報告, No.1271, 1984.
[2] 坪川洋友,矢沢栄治,小木曽清高,南木聡明 : 車体装架型慣性正矢軌道検測装置の開発,鉄道総研報告,26(2), 7-12, 2012.
[3] 阿部和久,桑山卓也,元好茂 : 空間的・時間的な温度変化を受けるロングレールの軸力分布解析,鉄道力学シンポジウム論文集,16,101-108,2012.