本研究では,ロングレール軌道を対象に,軌道構造に内在するバラツキが軌道座屈強度(レール相対温度)に及ぼす影響について調べる.具体的には,座屈強度に大きく影響するとされている初期通り変位原波形と道床横抵抗力における不確実性を対象とする.前者については,初期通り変位を所定の距離相関に従う定常ランダムな波形としてモデル化し,それが座屈強度の確率特性に及ぼす影響について,モンテカルロシミュレーションを通して調べる.一方,後者については,一般にその軌道方向のバラツキ特性が知られていないことから,一定波長の変動を対象に,その波長が座屈強度確率に及ぼす影響について調べた.さらに,最終道床横抵抗力の変動の影響についても検討した.
また,通常通り変位は10m弦正矢に基づいて管理がなされている.そのため,10m弦正矢に基づいた軌道補正が座屈強度確率に及ぼす効果についても調べた.
鉄道軌道において,継ぎ目を持たないロングレールは列車・軌道系の振動・騒音低減に有効であることなどから,在来線においてもその導入が進められている.しかし,長い区間にわたりまくらぎを介してレールが拘束されることで,夏季の日中など高温時にはレールに著大な圧縮軸力が発生する.特にバラスト軌道では,水平横方向変位(通り変位)に対する拘束力(道床横抵抗力)が比較的小さい場合,レールの温度上昇が座屈を惹き起こす危険性がある.
軌道座屈強度は,レール軸力がゼロとなる時のレール温度(中立温度)や,道床横抵抗力,およびレールの初期不整(初期通り変位)などに大きく依存する[1].そのため,ロングレール軌道においては,これらの適切な管理が重要となる.一般に,軌道横変位と中立温度からの相対温度(レール温度)との関係は図-1 に示す様なつり合い経路で与えられる.実際の軌道座屈強度は,図-1のA点における飛び移り座屈時の温度で与えられる.レール温度が当該値に達すると,力学状態は安定なつり合い解を与えるC点へと遷移し,その結果として瞬時に大きな変位が発生する.
この座屈温度は,初期通り変位振幅の増加と共に急激に低下する「初期不整鋭敏性」を有する[2].そのため,ランダムな波形で特徴づけられる通常の初期通り変位存在下で,軌道の座屈温度を確定論的に評価することは現実的でない.
この様な背景の下,我国における座屈管理は図-1のB点(最低座屈強さ)に基づき行われてきている[3].最低座屈強さは,飛び移り座屈後のつり合い経路が取り得る最低温度を与える.この値は,A点の飛び移り座屈温度とは異なり,通り変位の影響をほとんど受けない.したがって,実際に発生するレール温度が当該値を上回らない様に,軌道の座屈強度を確保することで軌道座屈を確実に防ぐことができる.
しかし,日最高気温が上昇傾向にある近年では,最低座屈強さに基づいた軌道管理が困難になりつつある.そのため,最低座屈強さから実際に大きな変位が発生する飛び移り座屈までの温度差(座屈余裕度)を考慮した管理基準の緩和に向けた検討がなされている[4].
前述のとおり,軌道の通り変位はランダムな波形を持つため,初期不整に鋭敏な飛び移り座屈温度の確定論的な評価は適切ではない.従って,従来採用されてきた所定の通り変位波形の設定下で求めた飛び移り座屈温度に基づく座屈余裕度の議論のみでは十分ではないと考えられる.そこで本研究では,レールの初期通り変位をランダムな波形で与え,モンテカルロシミュレーションにより飛び移り座屈温度や最低座屈温度,およびそれらの差で与えられる座屈余裕度の確率特性等について調べる.
本研究は科研費(20K04661)の助成を受けたものである.